マモーミモーの、マモーではない。摩耗である。

おれは摩耗が怖い。

正確に言えば、摩耗を想像するのが怖いのだ。

摩耗の意味は文字通り、『こすれて減ること』だ。

たとえば靴。靴を履けば、必ずすり減る。

そして、いつか必ずボロボロになり、見栄えが悪くなり、履けなくなる。

それはしょうがないこと。自然の摂理だ。浸食される岩石がいつか風化してしまうのと一緒。

でも、おれはそれがどうしようもなく怖い。

実際、靴を履いているときは、摩耗を恐れる必要などない。よほど悪い使い方をしなければ、数年履いたところで、靴が壊れるようなことはないのだ。

少なくとも、新品の状態で、摩耗を恐れる必要はないはずだし、だれもそんな愚かな想像はしないのだろう。

でも、おれは想像してしまうのだ。

この靴はいつの日か摩耗して、ボロボロになって、履けなくなってしまう……。

ああ、摩耗が恐ろしい! 大切なものがいつか消え去ってしまうということは、こんなにも恐ろしいのだ!

摩耗の恐怖に取り憑かれたおれは、できる限り摩耗しにくいもの、摩耗の経過が目立たないものを選んで買うようになった。

靴で言えば、黒くて汚れやキズの目立たない靴しか買わなくなった。

スラックスで言えば、同じものを何着も買って、予備の予備の予備を準備して、一つ二つ摩耗して穿けなくなっても大丈夫なようにした。

眼鏡もまったく同じ物を三つ買った。今使ってるのが摩耗しても大丈夫なように。

摩耗ストレスはそうやって、おれに制限をかけたり、消費をさせたりする。

なぜ、こんなにも病的に摩耗が怖いのか、おれ自身よくわからない。

それでも怖いもんは怖い! ゆーれいが怖いのと一緒だ!

ゆーれいとどうやって戦えと言うのだろう? 摩耗とどうやって戦えと言うのだろうか?

ストレス戦士の諸君、我々が戦っている相手は、漠然としている。漠然としているものと戦うのは、大変だ。

それでも、どうにか漠然としたストレスの中から『核』みたいなものを見つけ出して、それを掴んで投げ飛ばしてやれ!

武運を祈る。

箸が曲がったストレスの話に続く

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